2015年1月5日月曜日

読書メモ『なぜ時代劇は滅びるのか (新潮新書)』

なぜ時代劇は滅びるのか (新潮新書)
春日太一
新潮社
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刺激的タイトルだ。時代劇が”滅びる”ことが前提であるかのようである。だが、それは本書で語られている事実で明らかになる。時代劇に何を求めるか。本書読んですごく腑に落ちた。

昔は何気なくチャンネルを合わせた再放送の時代劇に気付いたら最後まで観てしまったということがあったが、最近は違和感ばかりが目立ってしまってチャンネルを合わせることすら無くなってしまった。この違和感が、単に自分だけが感じていた違和感かと思ったが、演出、キャラクターの描き方、配役など、本書を読み終わった後に「やっぱりそうだったのか」と納得した次第である。

1996年 テレビ東京
1997年 日本テレビ
2003年 フジテレビ
2007年 テレビ東京
2011年 TBS

上記は民放テレビ局における時代劇レギュラー枠廃止の変遷である。2011年のTBS最後の廃止とは、ご存知『水戸黄門』の終了である。
本書では60年代の映画時代劇より時代劇の衰退を順を追って解説している。

衰退の原因は様々語られているが、例えばプロデューサー。ある時代劇プロデューサー曰く、

”視聴者が、もういいと言わない限り黄門さまは偉大なるマンネリ街道を歩み続ける。いわんや高齢化日本の現実はその歩みを止めることを許さない”

”『水戸黄門』が高齢化社会の応援歌になるのなら、私は人になんと言われようと『水戸黄門』を作り続ける”

これは『水戸黄門』の著名プロデューサーの言葉である。時代劇の対象は高齢化世代であることを明言しているのである。

本書では時代考証についても触れている。時代考証はどこまで重視すべきか。個人的に疑問に思っていたが、それは時代劇に何を求めるかを考えれば自ずと答えが出てくる。時代考証に充実であればあるほど、それは歴史書と変わらなくなってしまう。図書館で歴史書を読めばいいのである。一見あたりまえだが、読んでなるほどと思わず膝を叩いた。

どうしようもなく憎たらしい悪役をバッサバッサ切っていくようなスカッとする時代劇をもう一度見たいものである。